こいのぼりについては、最近ではこいのぼりを上げるという家庭はかなり減少しているのではないだろうか。そもそも都会の場合は、住んでいる場所がマンションやアパートの場合はそれだけで、こいのぼりを上げることは不可能である。そして都会の場合、一戸建てであっても隣の家との距離が近いとこいのぼりを上げるのは難しいであろう。
『地球の歩き方』という海外旅行ガイドブック。今は一般旅行者向けにも有用な本ですが、1979年に発行されてから当初の10年程度は“バックパッカーのバイブル”でした。確か表紙に「1日10ドル以内で旅する人のためのガイドブック」と書いてあったような記憶があります。
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日本円が圧倒的に強くなったのは1985年9月のプラザ合意からです。それまで1ドル240円程度だった円の価値は、この合意からの2年間で1ドル120円と価値が倍になりました。これにより普通の人にとっても海外旅行は一気に身近なものとなり、『地球の歩き方』も急速に成長しました。
自分も昔はよく利用したこのガイドブックについて、ちきりんは“複雑な思い”があります。なので今日は「『地球の歩き方』の功罪」について書いてみます。
功の部分は明確で、下記の2点です。
功(1) 自分で手配する個人旅行のスタイルを推奨し、普及させたこと
功(2) 実際の旅行者から情報を集めてガイドブックを編集したこと
昔のジャルパックに代表されるように、旅行会社がすべてを事前に予約し、添乗員が日本から同行。ホテルから食事までプリセットされ、観光には専用バスが使われる――そういったパッケージ旅行とは異なる、「自分で旅程を組み立て、ホテルを予約し、現地の公共交通機関を使いながら旅行する」スタイルを紹介し、具体的なノウハウを掲載することで、初めて海外旅行をする日本人にも個人旅行を普及させた意義は非常に大きいと思います。
また、旅行ガイドブックでは「掲載料を払ってくれたホテルやレストランを掲載する」という事実上の広告方式が一般的なのに、当時の『地球の歩き方』は「広告ではなく、実際に旅行した人から無料で情報を集める」ことで作られました。そのため、情報は時に不正確なものを含みながらも、いわゆる「広告情報誌」とは異なる消費者の正直な声で構成されたガイドブックだったのです。
格別にお金持ちでもない日本人が、海外を自由に旅行しようというきっかけを作ったという点ですばらしいガイドブックだったと思います。
●『地球の歩き方』の罪とは?
罪の方は何でしょう? それは上記の功の(1)と(2)そのままの裏返しです。
罪(1) “『地球の歩き方』オリエンテーリング・トリップ”とでも言うべき、エセ自由旅行を生み出してしまったこと
罪(2) 今でも消費者からの直接の情報で紙面構成されているかのように“『地球の歩き方』ブランド”が使われていること
いつからか「『地球の歩き方』に掲載されている場所を訪ねる旅行」をしている人をよく目にするようになりました。掲載されている町に行き、掲載されているホテルに泊まり、掲載されている店を探し出して食事をし、掲載されているお店でお勧めのお土産を買う。その様子はまさに「『地球の歩き方』を片手に、オリエンテーリングをやっている」ようです。
多くの現地客で繁盛していても、『地球の歩き方』には載っていないレストランにはまったく目もくれず、掲載されている店を必死で探し出して、たとえそこがガラガラでも、もしくは日本人客しかいなくても、まったく意に介さず「ここだ! 良かった、見つかった!」と入っていく。そしてメニューが出てくると、メニューを見るのではなく、『地球の歩き方』に書いてある(写真が載っている!)料理を「メニューから探す」人たち……。
このガイドブックを手に旅行する人たちの多くは、「パッケージ旅行は嫌い。自分で自由に設計できる自由旅行が好きだ」と言います。しかし、それは本当に自由な旅行でしょうか?
『地球の歩き方』に掲載されたレストランで掲載されている料理を注文する人に、「なぜそうするのか」と問えば、「だって誰か他の日本人が食べておいしいと思った料理を食べる方が安心でしょ」という答えが返ってきます。
なるほど。そういう人にとっては、「現地の人に大人気のレストランに行ったら、わけの分からない料理を食べさせられて、まずくてびっくり」などというのは、まったく意義のあることではないのでしょう。そんなことになったら大失敗だし、準備不足の旅行だということになります。
そこには「たとえ自分の口に合わなくても、その国で人気の料理がどんな味か知りたい!」という好奇心は存在しません。楽しい旅行の定義とは、他国に「日本と違う何か」を見つけ、自国とは異なる風景、空気、文化や人々に心躍り、ワクワクし、感動することではなく、「日本で食べるのと同様の(日本人の味覚にとって)おいしい食事を楽しむ」旅行だということなのでしょう。
そして、「海外でも日本と同様に快適に過ごしたい」という旅行者に合わせるように、ガイドブックの説明文にも「日本人好みのお土産が揃っている」「日本人の舌に合う味」「日本のような細やかな気配りのある宿」などのような記述が増えていくのです。
また、こうした強固な“『地球の歩き方』信者”を生み出しているのが、読者の「『地球の歩き方』は実際の旅行者の声でできている」という思いです。もちろん今でも旅行者からの情報は掲載されていますが、先進国や留学編、リゾート編などを中心に、すでに投書情報をあまり使わず構成されたバージョンも出てきています。
それでも昔と同じ表紙デザインやレイアウト構成が、「『地球の歩き方』は、広告ではなく本当においしいレストランを掲載しているはず。だって、情報は旅行者からの口コミだから」と購読者に思わせ続けるのです。
●『地球の歩き方』のブランド力
ちきりんが感嘆するのは、このあまりに強固な『地球の歩き方』のブランド力です。ここまで多くの人の行動に強い影響を与えられる本というのは、ほかに思いつきません。『地球の歩き方』は日本において最も成功したブランドの1つでしょう。
ゼロからこういうものを作り上げた人たちの功績は大きな尊敬に値しますし、人生において、こういうものを1つでも生み出すことができたら、ものすごい達成感が得られるだろうとうらやましくも思います。
そんじゃーね。
※本記事は、「Chikirinの日記」において、2009年7月10日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。
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